科学コミュニケーション

先日、職場の公開セミナーで科学コミュニケーションに関する講演があった。
そもそも、このブログはサイエンティストの端くれである自分が、科学研究を
分かりやすく知らせることもできたらという思いで立ち上げたものでもある。
残念ながら、そのようなネタで話しをすることはほとんどないし、実際、正しく深い
記述をちゃんとしようと思ったら、とうてい2日に1回も書けるわけもない。
それ以前に、そんな文章をまとめる能力が自分にあるのか・・・


そのセミナー趣旨には、国民が「科学」に親しみを持って貰えたり、ちゃんと理解して
もらうにはどうすべきかが根底にある。勿論、国の税金で行われている公的機関の研究が
充実するにはその部分の国民の理解が必要不可欠なことが、根底にはあるだろうが、
こういった活動が経済効果だけでは語れない、社会の豊かさにつながるものではないか
と思うわけだ。


色々な議論もあって、まとまった結論と言えるものもなかなか難しいが、重要なのは
人の命や自然の生き物、自然の現象・・・こういったものに興味のない人はいないだろう。
虫や動物・植物・化石・星・・・そういったものを見たり集めたりすることを趣味と
していたことがある人も相当いるだろう。こういったアマチュアとプロのサイエンティストの
隔たりをどうやって埋めていくのか、これが一番重要な課題ではないかと思う。


教育面では、真っ先に学校の理科教師の再教育が重要と思っている。本当にサイエンスを
理解している人がやっているのか。我々、公的機関のサイエンティストと理科教師の
関わりの薄さも、相当な問題に感じる。


最後に自分が質疑応答で質問したこと。科学コミュニケーションの最終的な目標は何か
と言う点と、科学コミュニケーションの成果をどうやって評価すべきと考えているかと
言う点。
講演者は旧科学技術省の職員としてこのような活動に携わっている人なのだが、
1つ目の答えは自分が考えていたことと全く同じ。国民全体が科学的な論拠を元に
様々な議論に参加できるようになること。遺伝子組み換え・再生医療・・・これからの
最先端技術は、そういう理解がない人が「とにかくダメ」というだけでは議論にならない。
2つめの答えはあらら、お粗末と言った感じ。評価法は難しく、まだ検討課題、研究テーマ
とのことだ。おこなった活動がどう捕らえられているいるのか、その検証こそ非常に
重要なことなのだろうと思う。